「明日ありと 思う心の仇桜 夜半に嵐の ふかぬものかな」
この言葉は親鸞が残した言葉です。 幼くして出家を決めた親鸞が髪を切ることを決めた夜、髪を切る役の師である慈円僧正がいたいけな親鸞の姿をみて涙を流した。そこで、ある者が ”今日は時間も遅くなったので明日にしませんか?”と声をかけられた時に冒頭の句を言ったのです。
桜は明日もまだ美しく咲いているだろうと安心していると、その夜中に強い風か吹いてしまうかもしれない。人生も同じで、明日はどうなるかまったくわからない。 今こそ、我が髪を切り落とし、出家への背中を押してくれ、といったのです。 勝負時を見定めたら、相手になんといわれようとも、最終的に決断するのは自分自身の覚悟である。
まさに、我が人生にあてはまるなと・・・。 勝負時を見定めるということはいずれ勝負をするということ つまり、闘う準備をしていなければ勝負には負ける。 毎日をぼっーっと生きていても何もはじまりません。 ここでもう一度気合を入れなおしましょう 俺
俺に渇っっ!!







